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東京地方裁判所 平成6年(ワ)12541号 判決 1995年12月26日

原告

福山廣重

ほか一名

被告

木津学

ほか二名

主文

一  被告木津学及び被告廣瀬通人は、連帯して、原告福山廣重に対し金六七八万四七四三円、原告福山宏子に対し金六六一万五四一五円、及びこれらに対する平成六年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告木津学及び被告廣瀬通人に対するその余の請求並びに被告株式会社ユニテイー・インターナシヨナルに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、被告株式会社ユニテイー・インターナシヨナルに生じた分は原告らの負担とし、その余の分は、これを一〇分し、その三を被告木津学及び被告廣瀬通人の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告らは、連帯して、原告ら各人に対しそれぞれ金二五〇〇万円及びこれに対する平成六年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、信号により交通整理の行われている交差点の横断歩道上を横断中の被害者が普通貨物自動車にはねられて死亡したことから、その相続人が普通乗用自動車の運転者等を相手に損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成五年一二月二九日午後六時四五分ころ

事故の場所 東京都品川区西五反田三丁目一三番一一号山手通りの「かむろ坂下」交差点(別紙現場見取図参照。以下、この交差点のことを「本件交差点」といい、同図面のことを「別紙図面」という。)

加害者 被告木津学(以下「被告木津」という。加害車両を運転)

加害車両 普通貨物自動車(相模四五ま七九八)

被害者 福山幸広

事故の態様 被害者が本件交差点の横断歩道上を横断中、本件交差点を目黒方面から大崎方面に進行中の加害車両にはねられたが、事故の詳細については争いがある。なお、本件交差点は、時差式の信号となつており、大崎方面から目黒方面への車両用信号が赤色となつてからも、その逆方向である目黒方面から大崎方面への車両用信号は青色のままであり、小山台方面に右折することが可能となる。

事故の結果 被害者は、本件事故により平成六年一月二日に死亡した。

2  責任原因

(1) 被告木津は、加害車両を運転していた。

(2) 被告廣瀬通人は、原告らに対し、被告木津の負担する債務について連帯保証した。

3  相続関係

原告らは被害者の両親であり、法定相続分の割合に従い被害者を二分の一ずつ相続した。

三  本件の争点

1  本件事故の態様

(一) 被告ら

被告木津は、対面青信号に従つて時速四〇キロメートルで本件交差点を直進したところ、被害者が赤信号を無視して、小山台方面への右折車線に停止中のトラツクの前部から急に飛び出してきたため、本件事故が発生したものである。同被告にとつては、被害者が右折トラツクの陰になつて見ることができなかつたのであり、免責を主張する。

(二) 原告ら

被告木津は、加害車両の対面信号が赤色、少なくとも黄色であるのに、制限速度を超過し時速七〇キロメートルで、前方不注視のまま走行したため、本件事故が発生した。このことは、目黒方面から小山台方面に右折する車両が停車していたことから明らかである。

2  被告会社の責任

原告らは、被告木津は、被告株式会社ユニテイー・インターナシヨナル(以下「被告会社」という。)の従業員であり、又は被告会社に従属する代理店業務を行つており、被告会社の指揮下にあつたもので、本件事故は、被告会社の業務執行中に生じたものとして、被告会社は民法七一五条に基づき、損害賠償義務があると主張する。

被告らは、右事実を否認する。

3  損害額

原告らは、次の損害が生じたと主張する。なお、原告らは、このうち、原告一名につき二五〇〇万円を請求する。

(一) 被害者に生じた損害

(1) 入院関係費

<1> 医療費 一一万七三〇〇円

<2> 入院雑費 五二九〇円

(2) 逸失利益 四〇〇三万一五六三円

被害者は、死亡時二六歳の男子で事故前に年収四六二万九五三二円の所得があつたので、これを基礎として、生活費控除率を五〇パーセントとしてライプニツツ方式により算定した金額である。

(3) 慰謝料 二〇〇〇万円

(二) 原告らに生じた損害

(1) 葬儀費用 二四六万三六一六円

原告福山廣重(以下「原告廣重」という。)が負担

(2) 慰謝料 一〇〇〇万円(原告一人当たり五〇〇万円)

(3) 弁護士費用 四〇〇万円(原告一人当たり二〇〇万円)

被告らは、右の主張を争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様等について

1  甲一ないし三、五、六の1ないし3、八、九、一四、検甲一、証人山口隆、原告廣重、被告木津各本人に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件交差点は、別紙図面のとおり、目黒方面と大崎方面を結ぶ山手通りと小山台方面に通じる道路等が交差する変則的な六叉路の交差点である。山手通りは、大崎方面から本件交差点に向かう車線は合計幅員六・二メートルの片側二車線であるが、目黒方面から本件交差点に向かう車線は、片側三車線となつていて、その右側部は幅員二・五メートルの右折専用車線となつている。山手通りは、速度が時速五〇キロメートルに制限されている。

本件交差点は、時差式の信号となつていて、大崎方面から目黒方面への対面信号が赤となつた後も、その逆方向である目黒方面から大崎方面への車両用信号は青色のままであり、小山台方面に右折することが可能となる。その間のうち六秒間は青色、その後の三秒間は黄色であり、その後赤色となる。その間は、山手通りにある、東京都品川区西五反田四丁目二番と同三丁目一三番一一号とを結ぶ横断歩道(本件交差点内の山手通り上の目黒方面寄りの横断歩道。別紙図面参照。以下「本件横断歩道」という。)の歩行者用信号は赤のままである。なお、本件事故時は一二月二九日午後六時四五分頃であるが、付近のガソリンスタンド等の照明があり本件交差点内は明るかつた。

(2) 被告木津は、加害車両を運転して、山手通りを目黒方面から大崎方面に向かつて直進していたところ、別紙図面<1>の地点で被害者が別紙図面<ア>の地点から小走りで横断するのを発見し、急ブレーキを掛けたが、それから一〇・一メートル進行した別紙図面<2>の地点で被害者を撥ねた。被害者は、八・二メートル先の別紙図面<ウ>の地点まで飛ばされて倒れたが、頭部外傷、左下腿骨開放性骨折の傷害を受け、平成六年一月二日死亡した。

加害車両が別紙図面<1>の地点を走行している時に、前示右折専用車線には右折車両が別紙図面の各地点及びその後方に数台止まつていた。の地点の車両は、普通貨物自動車であつた。なお、加害車両により二・九メートルのスリツプ痕が印象され、また、加害車両の右前部フエンダーやボンネツトが凹損している。

(3) 本件事故後の実況見分において、被告木津は、「本件交差点の目黒方面側停止線から一〇八・八メートル手前及び三四・五メートル手前の各地点でいずれも対面信号を見たところ、青色であつた。被害者は、車の陰から急に出てきた。加害車両の速度は、時速四〇キロメートルであり、対面信号は青色であつた。衝突後別紙図面<2>の地点から四・八メートル進行して別紙図面<3>の地点で停車した。」と説明している。

(4) 本件事故を目撃した訴外渡辺篤(以下「訴外渡辺」という。)は、警察において「被害者は、大崎方面から目黒方面への車両用信号が赤色、その逆方向の目黒方面から大崎方面への車両用信号が青色、本件横断歩道の歩行者用信号が赤色の時に、目黒方面への車両用信号が赤色になつた瞬間に、東京都品川区西五反田四丁目二番から小走りで走つてきて、『あつ、渡つてくる、やばい。』という瞬間に衝突した。」と説明している。また、同訴外人は、原告廣重に対して、電話で「右折車は三台以上止まつていた。被害者は、目黒方面への車両用信号が赤色で、本件横断歩道の歩行者用信号が赤色のときに、小走りで走つてきた。確信はできないが、加害車両側の信号は黄色になつて若干時間が経過していた。加害車両は時速六、七〇キロメートルは出ていた。また、衝突後、加害車両は、その場で停止しておらず、かなり進行して停車した。」と説明する。

原告廣重が本件事故後、本件交差点に面したバイク屋の店主訴外小名坂篤行に事情を聴取したところ、同訴外人は、「衝突音を聞いて店内から外に出た時に、加害車両は別紙図面<4>付近のところまで走行してきた。」と説明する。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  被告木津は、本人尋問において「本件交差点を通過するに際して、及び本件事故直後は、いずれも対面信号は青色であつた。加害車両の速度は時速四〇キロメートルであり、本件事故のときも速度計を見ている。」と供述し、被害者と衝突した後の事情につき「被害者との衝突後、別紙図面<3>の地点で停車し、一、二秒経つてから、加害車両を別紙図面<4>の地点まで移動させた。それは、小山台方面からの車両の邪魔にならないためである。」と供述する。

3  右認定事実に基づき、まず、加害車両の速度を検討する。

その前提として被害者との衝突後の加害車両の停車位置を検討すると、本件事故の目撃者である訴外渡辺は、原告廣重に対し、かなり進行して停車したと説明しており、別紙図面<3>の地点で停車したとする被告木津の供述と著しく異なる。この点、訴外小名坂篤行は、店内から外に出た時に加害車両は別紙図面<4>付近のところまで走行してきたと説明するが、加害車両が一旦停車した後にさらに進行したときのことを説明しているものとも考えられるから、これを除外して検討することとする。ところで、被告木津は、別紙図面<4>の地点までの移動につき、小山台方面からの車両の邪魔にならないためであると説明しており、別紙図面をみれば明らかなとおり、<3>の地点で加害車両を停車したままでも小山台方面からの交通の邪魔とはならず、右説明どおりであるとすれば、本件交差点を相当進行した地点で停車していなければならず、被告木津の加害車両を別紙図面<3>の地点で停車したとの供述は採用することができないこととなる。この点、本件事故後に実況見分を担当した警察官である証人山口隆は、被告木津の供述と前認定のスリツプ痕から別紙図面<3>の地点で停車したと判断したと証言しているところ、衝突後、被告木津がブレーキ・ペダルの踏み方を緩めたとすれば、スリツプ痕が前認定の長さに止まるので、スリツプ痕の長さを決め手とすべきものでもない。そうすると、訴外渡辺の説明どおり、加害車両は、被害者との衝突後、別紙図面<3>の地点ではなく、かなり進行して停車したと認めるのが相当である。

次に、被害者は、衝突により八・二メートル飛ばされていることや、左下腿骨が開放性骨折をしていて、衝突により相当強度な衝撃を受けたものと認められること、また、被告木津は、加害車両の速度は時速四〇キロメートルであると供述するが、同被告は、山手通りが時速四〇キロメートルに速度制限されているものと思い込んでいて(同被告尋問調書三四項)、このことを前提に右の供述をしているものとも考えられ、にわかに採用できないこと、訴外渡辺は、原告廣重に対し、加害車両は時速六、七〇キロメートルは出ていたと説明していることに前認定の衝突後の加害車両の進行具合を総合すると、本件事故当時の加害車両の速度は、少なくとも時速六〇キロメートルは出ていたものと推認するのが相当である。

4  信号の色について検討すると、訴外渡辺の前示警察での説明では、被害者は目黒方面への車両用信号が赤色になつた瞬間に本件横断歩道を小走りしたのであり、右瞬間から六秒間は加害車両の対面信号の色は青色であることと、横断歩道の端から小山台方面への右折専用車線を越えるまでは八・七メートルであること、及びこれを小走りしたことから、加害車両の対面信号の色は青色の時に衝突したこととなる。この点、訴外渡辺は、原告廣重に対して加害車両側の信号は黄色になつていたと説明するが、確信はできないとしており、採用できない。そして、被告木津は、警察の取り調べから一貫して対面信号の色が青色であると供述していることも合わせてみれば、加害車両の対面信号の色は青色であつたと認めるのが相当である。

原告らは、右折車が停車していたことから、被告木津の対面信号の色は青色ではあり得ないと主張するが、右折車は、被告木津の対面信号の色が黄色又は赤色である場合のみならず、同信号の色が青色であつても対向車線に走行する車両がいる限り停車しているのであつて、右折車の停車の事実をもつて、被告木津の対面信号の色が黄色又は赤色であつたということができない。

5  そうすると、本件事故は、被告木津が加害車両を運転し、対面青信号に従つて、制限速度を一〇キロメートル以上超過して本件交差点を進行したところ、被害者は、対面歩行者用信号が赤色であるにもかかわらず、目黒方面への車両用信号が赤色になつた瞬間に本件横断歩道を小走で横断しようとして、小山台方面への右折車両の間から加害車両が走行する車線に進入した結果生じたものというべきである。

被告は、免責を主張するが、制限速度を超過して走行したことが本件事故の原因となつていることは否定できないから、右主張に理由がない。

他方、被害者も、前示のように対面歩行者用信号が赤色であるにもかかわらず、横断を敢行し、小山台方面への右折車両の間から加害車両の進行車線に小走りで踏み出したのであり、これが本件事故の主たる原因となつていることは明らかである。

以上の被告木津の過失と被害者の過失の双方を対比して勘案すると、本件事故で被害者及び原告らの被つた損害については、その八割を過失相殺によつて減ずるのが相当である(被告らの免責の主張の中には、その一部として過失相殺の主張が含まれているものと解される。)。

二  被告会社の責任について

被告木津本人によれば、同被告は、平成三年六月から或る代理店を通じて被告会社の代理店業を行つていたが、平成六年三月に被告会社と直接代理店契約を締結したこと、被告木津は、商品を在庫しておらず、顧客から注文を取ると被告会社に連絡し、被告会社が直接顧客に商品を送つていたこと、本件事故当時、被告木津は、右代理店業のため一月に五回ないし一〇回程度は被告会社を訪れていたが、その時は、加害車両を利用するのと電車を利用するのとが半々であつたこと、加害車両のガソリン代は自弁であつて、被告会社が支弁していなかつたことが認められる。

右認定事実によれば、被告木津は、被告会社の従業員であるとは認められないから、被告会社は民法七一五条に基づく損害賠償義務は負わないものというべきである。甲四によれば、被告木津は、原告廣重に対する損害賠償義務に関する誓約書において被告会社の肩書を用いて署名の上拇印を押し、被告会社の代表者である被告広瀬通人も同書面上に署名の上拇印を押していることが認められるが、被告木津本人によれば、同被告は、被告会社の代理店をしていたことから、被告会社の肩書を付するのが習慣となつていたことが認められ、右肩書の記載をもつて、被告会社の従業員と目することはできない。

原告らは、被告木津が被告会社に従属する代理店業務を行つており、被告会社の指揮下にあつたことから、本件事故が被告会社の業務執行中に生じたものとして、被告会社は民法七一五条の責任を負うと主張するが、前認定の事実によれば、被告木津は、被告会社と独立して業務を行つていることが明らかであり、原告らの右主張に理由がない。

三  損害額について

1  入院関係費

(1) 医療費 一一万七三〇〇円

甲二、一三によれば、被害者は、本件事故により頭部外傷、左下腿骨開放性骨折の傷害を受け、都立広尾病院で入院治療を受けたが平成六年一月二日死亡したこと、右入院治療のための費用は、健康保険扱いで一一七万三〇〇〇円を要し、このうち一一万七三〇〇円を自己負担分として支払つたことが認められる。

(2) 入院雑費 五二九〇円

右五日の入院期間中の雑費は、原告ら主張の五二九〇円を下らないものと認める。

2  葬儀費用(原告福山廣重が負担) 八四万六六四〇円

甲一三によれば、原告らは、被害者の遺体運搬のために二九万六六四〇円を要したことが認められる。その他の葬儀費用については、これを知る証拠はないが、少なくとも自賠責基準である五五万円を下ることはないものと推認される。

3  逸失利益 四〇〇三万一五六三円

甲二、七の1ないし3、一〇、一一の1、2、一二の1ないし7、原告廣重本人によれば、被害者は、本件事故当時二六歳の独身男性であつて、有限会社スクワツトに勤務する傍ら、これとは別に雑誌や脚本書きの仕事を行い、少なくとも年収四六二万九五三二円を得ていたこと、本件事故がなければ、平成六年二月からフリー・ライターとしての仕事をする予定であつたことが認められる。

そうすると、被害者は、本件事故がなければ、少なくとも右年収四六二万九五三二円を得たものと推認されるから、生活費を五割としてライプニツツ方式により中間利息を控除して算定すると、その逸失利益は、前示金額となる。

462万9532円×0.5×17.294=4003万1563円

4  慰謝料 二〇〇〇万円

原告廣重本人によれば、被告木津には本件事故後、自賠責保険の支払いについて協力しないとか、前示誓約書の内容を履行しない等、原告らが立腹するような態度があること、原告廣重は、被害者の死亡によるシヨツクの余り、現在も投薬していることが認められる。これらの諸事情のほか、前示本件事故の態様等の本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被害者の死亡に対する慰謝料としては次のとおりと認めるのが相当である。

(1) 被害者本人 一〇〇〇万円

(2) 原告ら 各五〇〇万円

5  前示過失相殺後の損害額は、次のとおりとなる。被害者分については、原告らが均分相続した。

(1) 被害者(入院関係費、逸失利益及び慰謝料) 一〇〇三万〇八三〇円

(2) 原告廣重(葬儀費と慰謝料) 一一六万九三二八円

(3) 原告福山宏子(慰謝料) 一〇〇万円

四  弁護士費用について

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告一人につき金六〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

よつて、原告らの本訴請求は、被告木津及び被告廣瀬通人に対し、連帯して、原告廣重につき六七八万四七四三円、原告福山宏子につき六六一万五四一五円、及びこれらに対する本件事故後の日である平成六年一月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、同被告らに対するその余の請求及び被告会社に対する請求は理由がないからいずれも棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

現場見取図

<省略>